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名古屋高等裁判所 昭和57年(ネ)64号 判決

控訴人

川瀬幸信

右訴訟代理人

廣瀬英雄

被控訴人

亡青山種雄訴訟承継人

青山松一

右訴訟代理人

菅原正治

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人から青山種雄承継人青山松一に対する岐阜地方法務局所属公証人西本定義作成昭和五〇年第一一九一号金銭消費貸借契約公正証書に基づく強制執行は、元本一八四万〇三五六円及びこれに対する昭和五〇年六月二六日より完済まで年三割の割合による遅延損害金を求める限度を超えては許さない。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その一を控訴人、その余を被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一原判決記載の請求原因(一)の事実及び種雄が昭和五七年四月三日死亡し、被控訴人が単独で同人の権利義務一切を相続した事実はいずれも当事者間に争いがない。

二そこでまず種雄が本件金銭消費貸借に関し連帯保証をしたか否かにつき判断するに、当裁判所も種雄が右貸借に関し連帯保証した事実及び右債務について公正証書作成の嘱託をした事実は認められないと判断するところ、その理由は、次に付加、訂正するほかは原判決三枚目裏一〇行目から六枚目裏六行目までの理由記載と同一であるからここにこれを引用する。〈中略〉

三そして右認定事実(原判決引用部分)によると、被控訴人は種雄を欺罔し、種雄名義の根抵当権設定契約書及び登記委任状に種雄の署名押印をもらい、ついで種雄の実印を使つて同人の印鑑登録証明書の交付を受け、同人名義の借用証書及び公正証書作成嘱託のための委任状を作成してこれら書類を控訴人に交付し、もつて種雄が連帯保証並びに根抵当権設定登記手続をする。右債務につき公正証書を作成する旨申述べて被控訴人が控訴人から二〇〇万円を借受けたものであつて、種雄に関する限り、被控訴人は種雄を代理する趣旨でその旨を控訴人に示して右各行為に及んだものと認めるのが相当である。そして、被控訴人に対し右の権限が授与された事実が認められない本件にあつては、被控訴人の右行為は無権代理行為と認めるのが相当である。

被控訴人は、種雄を欺いて書類に自署押印をさせたに過ぎず、種雄の代理人としての行為はしていない旨主張するが、右認定にかかる金員借入れに至るまでの一連の経過に照らすと、被控訴人の行為をもつて単なる書類の騙取に過ぎないと認めることはできず、連帯保証及び公正証書作成の嘱託につき代理行為を行つたと認めることができるのであつて、被控訴人の右主張は理由がない。

控訴人は、被控訴人の右代理行為につき表見代理が成立する旨主張するが、私法上の連帯保証契約はともかく、公正証書上の、債務者が直ちに強制執行を受けても異議がない旨のいわゆる執行認諾の意思表示は訴訟行為に属するから、表見代理に関する民法一一〇条、一一二条の諸規定はこれには適用がないと解するのが相当である。右主張は理由がない。

四次に、控訴人は、無権代理人が本人を相続した場合に当るので、被控訴人は本件公正証書の無効を主張することはできない旨主張する。そして、種雄が昭和五七年四月三日死亡し、被控訴人が単独で同人を相続した事実は当事者間に争いがない。すると、無権代理人が本人を相続をした場合に該当するところ、被控訴人のなした無権代理行為のうち私法上の契約即ち連帯保証契約が右相続によつて当然に有効になつたことは明らかである。しかしながら、訴訟上の行為たる執行認諾の意思表示は、無権代理人が本人を相続したことをもつて当然に有効になることはないと解される。けだし、債務名義は強制執行の基礎をなすものであるからその有効要件は法律上明確に規定されており、公正証書における執行認諾の意思表示が代理権の欠缺によつて訴訟行為としての効力を生じないときは、確定的かつ一義的にこれを無効とすべきであり、民法一一七条に規定するが如く、相手方の選択に応じ、債務名義を無効としたうえで無権代理人に損害賠償を請求し、或いはこれを有効として本来の履行を求めるなど、相手方の選択如何によつて債務名義の効力が左右されることを容認することは執行制度上相当でないと解されるからである。従つて、無権代理人の責任が右の如きものである以上、相続によつて本人の資格を併有するに至つても何ら事情は変らないのであつて、相続によつて無効な債務名義が有効なものに転化することはないというべきである。

控訴人は、被控訴人が本件公正証書の無効を主張するのは信義則上許されないと主張する。そして前認定事実を総合すると、被控訴人は種雄に関し無権代理人であつたか、本件金銭貸借に関しては借主であり、主債務者としての責任があること、連帯保証契約に関しては相続により、当然にその責任が被控訴人に及んでいること、本件借入れについて控訴人と被控訴人間に主債務者としての公正証書が作成されており、被控訴人が無権代理を理由に、種雄の分につき公正証書の効力を争う実益を見出すことができないことなどが明らかである。被控訴人は、本件につき控訴人は悪意の当事者である旨主張する。しかしながら、被控訴人に種雄を代理する権限がなかつたことについて、控訴人に悪意又は過失があつたことを認めさせる証拠はない。以上によると、被控訴人が本訴において、本件公正証書が代理権のない被控訴人によつて作成されたものである旨の主張をすることは信義則上許されないと解するのが相当である。

五そこで被控訴人の再抗弁〈編注・債権譲渡〉につき判断するに、〈証拠〉を総合すると、控訴人は昭和四九年六月以降被控訴人に対し数回にわたり金員を貸与していたところ、昭和五三年八月二九日本件二〇〇万円の貸金を除くその他の貸付金の弁済期後の遅延損害金が二〇〇〇万円を超えたと考え、そのうち二〇〇〇万円を控訴人の弟川瀬光義に譲渡したことが認められる。〈証拠〉中、被控訴人が控訴人から借用したのは本件貸金を含め三回、合計八〇〇万円位であり、これらは右二〇〇〇万円に含まれる旨の部分は、〈証拠〉中、被控訴人に貸与したのは、本件を含め五回、合計一四〇〇万円位であり、本件については公正証書が作成されているので譲渡していない旨の部分と対比し、措信し難く、ほかに本件貸金債権が譲渡された事実を認めさせる証拠はない。被控訴人の右主張は理由がない。

六以上によると、本件貸金債権は依然として控訴人に帰属しているというべきところ、控訴人は、本件貸金を含む各貸金の計算関係を別表(1)ないし(3)のとおりである旨主張している。そこで右主張に従い本件貸金の残額を計算すると、天引及び一部弁済によつて元本及び利息、遅延損害金は減少し、別表(4)記載のとおり、現在元本一八四万〇三五六円及びこれに対する昭和五〇年六月二六日より完済まで年三割の割合による遅延損害金債権として残ることになることが明らかである。そして右天引並びに一部弁済は控訴人において自認し、被控訴人においても明らかに争わないと認められるので、結局右計算は別表(4)の限度でこれを承認すべきである。右以上に弁済がなされた事実を認めさせる証拠はない。すると、本件公正証書に基づく強制執行は右限度を超えては許されないというべきである。従つて、被控訴人の本訴請求は、右限度で理由があるが、その余の部分は失当である。

七よつて、右と結論を一部異にする原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(山田義光 井上孝一 喜多村治雄)

別表(1)ないし(4)〈省略〉

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